オーケストレーション(続き)

三つの楽器群(管・絃・打)の混合

図1に示したように、管絃合奏では、龍笛が左、篳篥が真ん中、笙が右に座る。各楽器の3人の奏者は三角形に座り、音頭は前、その他の2人は後ろに座る。管楽器の前には、左に箏、右に琵琶が座る。いずれの場合も、中央に近いほうが主席奏者である。最後に、三つの打楽器が前列にならぶ。鉦鼓が左、太鼓は中央、鞨鼓は右である。指揮者はいない。16人の演奏者は、旋律によって同期する。管絃の演奏者の典型的な練習方法では、管楽器のどれかを7年から10年間学ぶ。その後、絃楽器の一つと打楽器、さらに舞と歌も習う。よって、すべての演奏者は、旋律を知っていて、自分のパートがどのようにそれと関係しているのかを知っている。

伶楽舎 管絃合奏

図1

たとえば、伶楽舎の演奏中に、管絃から舞楽に曲が変わったとき、笙の石川高氏は笙から太鼓に替わった。篳篥奏者の中村仁美氏は篳篥を置いて、色鮮やかな衣装をつけて舞を舞った。あたかも彼女は最初から舞しかやっていないかのように。

形式と楽器の組織

管絃の導入部と終結部のオーケストレーションは、楽曲のその他の部分よりも形式的で静的である。最初も終わりも、次第に現れる、または消えるかのようで、絃・管・打の三つの主奏者だけが演奏する。さらに、楽器が加わる方法は厳格に決められている。すなわち、龍笛が最初に吹き、打楽器が続き、笙が入り、それとほとんど同時に篳篥が加わる。最後に琵琶と箏が入る。ほとんど1フレーズ分の主奏者の演奏の後、その他の奏者が合流する。それから、箏の第二奏者が加わって完全な合奏になり、コーダまで行く。コーダのところで、楽器はまた別の決められた順番で消えて行く。打楽器は初めに止まり、管楽器がやめ、琵琶と箏が最後まで残る。

音域

音響的な特徴と異なる機能から事実上三つの楽器群は分離している。絃楽器と管楽器は異なる二つの音域を占めている。低音域は絃楽器、高いほうは管楽器である。

管絃の美

音質の変化とフレーズ構造には関係がある。〈越天楽〉の例はもっとも標準的なレパートリーで、我々の考えを裏付けている。例1は、〈青海波〉の例だが、フレーズ構造と音質の変化の相互作用が、音楽にもう一つの特質をあたえている。

例 1

〈青海波〉最初のフレーズ、セクションB(17-24小節)

〈青海波〉のフレーズ構造は、8小節で1フレーズである。1小節は4拍である。セクションAの2つのフレーズによって、その構造は形成されているが、そこでは、4小節の旋律動機が管楽器特有の全体的な色彩を作っている。フレーズの中間地点には、太鼓の雄桴と持続音が来て、そこでは、笙と絃楽器の混合へと色彩が変わる。

しかし、音楽のフレーズ構造と音質の変化の同期は、〈青海波〉の最初のセクションBでは破られる(例1)。4+4小節のパタンは、太鼓雄桴の2小節前のF#の持続音のから2+4+2小節のフレーズへと変わり、不安定な感じを創り出す。それは、セクションBの、8小節の旋律動機が、持続音無しに出て来る第二フレーズまで保たれる。最終的に両者の間のフレーズは、セクションC(最後の2フレーズは示していない)の最初のフレーズによって、再構築される。

〈胡飲酒破〉の第二フレーズ(8-16小節)は、規格外のフレーズ構造と音質変化のもう一つの例を与えてくれる。フレーズは4小節構造(1小節4拍)である(例2)。

〈胡飲酒破〉の第二フレーズ(8-16小節)

例 2

このフレーズの旋律線は、標準的な4 + 4小節で、それぞれの小節が2 + 2拍に分割できる構造とは異なり、2つの4小節を6 + 2小節に分けている。したがって、太鼓雄桴に対応する音質の変化はない。さらに、最後の2小節の持続音は規格外で、実際には、太鼓雄桴より2小節前から始まっている。

我々の目的は、この最後の二例のように規格外のフレーズ技法をリストアップすることではない。むしろ、以下の二点を指摘したい。第一に、この音楽がいかに生きた音楽であり、ここで我々がさまざまな技法について行っている杓子定規な説明には当てはまらないものがある、という印象を読者にもってほしいのである。第二に、我々は視聴者に、管絃を聴く時に予期せぬものを期待し、管絃の全般に静的な音響を越えてほしいと思っている。というのも、最初に聴く以上の美しさを与えてくれるからである。

音質と時間

西洋オーケストラと同様、管絃も音の積み重なりからできているが、西洋音楽が「混ざり合い」であるのに対して、管絃はそうではない。視聴者は(管絃打の)各楽器群の音の違いを識別すると同時に、それぞれの楽器郡内部の音の違いを簡単に識別できる。管絃の8つの楽器間の複雑で繊細な相互関係はいたるところで聴くことができる。このことは、複雑でダイナミックな経験を与える。もし、より大きな範囲で、他の要素がゆっくりで静的に見えるとしても。

この研究は管絃のオーケストレーションに焦点をしぼったものだが、リズム的な質もまた、たいへん魅力的で、研究対象とするに値する。しかし、とりあえず、音質と時間については下記の論文を参照していただきたい。 Japanese Traditional Orchestral Music: The Correlation between Time and Timbre.