龍笛と篳篥の機能は、最も重要な要素である旋律を提示することである。両者はオクターヴの関係にあって、ヘテロフォニーを奏でる。一方、笙の機能は、二つの絃楽器と組み合わさって、和音によって支えることである。笙の合竹(和音)の一番下の音が旋律と一致する。図1は三つの管楽器のピッチの対応を楽譜にしたものである。大部分において、笙は篳篥と龍笛の間のオクターヴの音域をうめることがわかる。
図 1
龍笛と篳篥は、その機能と、オクターヴの間を和音でうめられるという点で等しいが、まったく同じ音響というわけではない。実際、三つの管楽器は、それぞれはっきりと異なる層の組織を創り出す。さらに、管楽器の全体的なディナーミクは常に大音量で、単色的な色彩を創り出しており、このことは、管絃の魅力は、全体的な響きを越えたところにあるということを示すのかもしれない。 以下の2の部分(1.音の融合と2.ディナーミク)は、なぜ三つの管楽器が混ざり合わないか、そして、そのディナーミクが常に大きいのはなぜかを説明するためのものである。
楽器がリズム的に同時に鳴っていない場合、我々の聴力は違うパートをよりよく聴き分けることができる。であるから、龍笛、篳篥の旋律はヘテロフォニーでは、混合の可能性を減らす。さらに、三つの楽器の音響的な特性を調べると、非混合性の理由は、楽器そのものに本来備わった性質から来ることが示唆される。
楽器の音は均質に混合されると融合が容易になるが、三つの異なるタイプの管楽器の吹口がすでに、音の融合に反している。そして、図2に示すように、篳篥の音の特徴的な微分音的な変化は、どんな音の融合も拒んでいる。ff(フォルテッシモ)でD5 とD6をそれぞれ吹いた時の篳篥のスペクトラ(青)と龍笛のスペクトラ(赤)は2.5秒の時間で分析されている。篳篥の大きなピークは実質的にこの時間内で音が振動することを示す。また、二つの楽器のピークが1オクターヴ関係にあるにもかかわらず、なぜ並ばないのかも説明している。ゆえに、図2は、二つの楽器の音響的な特徴は融合を好まないことを示す。というのも、二つの音は、部分音(partials)が一致した時の方が融合しやすいからである。
図 2
管楽器が全体的に大音量であることは、これらの楽器が支配的な効果を持っていることから来ている。この一連のことがらを説明するには、三つの段階が必要である。まず、スペクトラの包格線の考察から始める。
日本の管楽器のディナーミクの効果は、西洋楽器と異なる。西洋楽器のディナーミクは、音の主たるエネルギーにおける音量変化と振動数の目盛りの位置の変化を二重に含んでいる。たとえば、図3のスペクトラで示したように、デクレシェンドは音量の減少とエネルギーが低音部に移行することによって特徴づけられる。図3はクラリネットがフォルテッシモ(ff)でD5を吹いた時(青)、メゾ・フォルテ(mf)で吹いたとき(赤)、ピアニッシモ(pp)で吹いた時(緑)を表している。一方、図3右側のスペクトラは笙が同じ三種類のディナーミクでD5を吹いた時のものである。 ff(青)からpp(赤)へとスペクトラを比べると、音量の減少は明らかだが、低音部へのエネルギーの移行はあまり顕著でなく、むしろ、スペクトラの線はほどほどに保たれつつ、音量の減少はすべての領域にわたってひろがっているように見える。したがって、ディナーミクの変化に伴う笙の音の変容は、あまり区別できず、したがってあまり聞き取れない。
図 3
図4は龍笛、篳篥のD6とD5の同じ三種類のディナーミクの包格線の変化である。龍笛のディナーミク変化は笙のそれに近く、篳篥はクラリネットに近いことがわかる。この音響現象の重要性については、ステップ3でさらに述べる。
図 4
篳篥と龍笛はともに旋律線を奏でるので、ディナーミクがどのように一緒になった音に作用するのかを見るのは重要である。図5は ff でD5とD6吹いた時の篳篥(青)と龍笛(赤)のスペクトラである。最後のスペクトラムは二つを一緒に吹いた時のもので、消されてしまわないために、龍笛は篳篥のディナーミクと一致する必要がある。
図 5
図6は、篳篥(青)と龍笛(緑)がD4とD5を、笙(赤)が凢(赤)の合竹(基音はD5)を吹いたときのスペクトラである。左がppで右がffである。また、三者の組み合わせも示した。ステップ1で指摘した現象の重要性は篳篥音(青)のppとffと笙(赤)のそれと比べるとわかる。
この比較が示すのは、篳篥における ff から pp への移行は、笙よりも強い効果を持っていることである。その強さとは、篳篥はディナーミクが弱くなるにつれて笙の音に隠れてしまう可能性があるというほど強いものである。そのため、笙の音に隠されてしまわないために、篳篥はディナーミクを大きいままに保つ必要があり、ステップ2で説明したように、龍笛は篳篥に消されないために、ディナーミクのレベルを篳篥に合わせなければならない。
図 6
管絃合奏の全体的な音量の大きさは明らかであるが、ディナーミクが無い、と結論するのは間違いであろう。実際に、管絃合奏のディナーミクの変化は音楽の音色の複雑で繊細な音色に直接的な影響を与える。典型的なのは、笙のクレシェンドとデクレシェンドの波である。笙の音はディナーミクの変化に対してはそれほど敏感に対応できないので、ディナーミクの波は音を加えたり、減らしたりすること、いわゆる「手移り」によって作られる(管楽器/笙の項目参照)ステップ3で述べた現象に基づくと、この音の拡大と収縮は全体的な音色に影響すると推測できる。実際に、笙の音が減り、また増えて来ると、我々は次に篳篥の音を期待するのである。この音色の変化は、次に示す、伶楽舎の〈三䑓塩一具〉(序破急)の演奏で明確に聞き取れる。
例〈三䑓塩一具〉序のセクションA |
この複雑なディナーミク/音色の波ははっきりと聞き取れる。というのは、管楽器の音は層になっていて、繊細な音質の変化を聞き取りやすくするだけでなく、それらはフレーズ構造とも一致しているからである。 論理的には、日本の旋律は二つの対称的な部分に分かれる。前半は主に順次進行的で、波のような、そしてオクターヴを含む旋律の動きである。さらに、スピードは基本的に遅く、旋律の分割は八分音符を越えることはめったに無く、メトロノームでは♩=54よりもゆっくりである。典型的なのは、旋律は、フレーズの後半、すなわち三つの打楽器が合うポイントから、持続音(長く延ばす音)が来ることである。 例1は〈越天楽〉のセクションA(一般的な楽譜の一行目)の第1フレーズである。第1-2小節で、龍笛と篳篥の旋律の動きは前面に、一方、笙は後方に聞こえる。一方、第3-4 小節では反対に、管楽器の持続音として笙の合竹一つが後方にある。管絃では前面に出て来る性質があることに注意する必要がある。というのは、持続音はつねに装飾されるからで、例1では、DがEに隣接する低い音として働いていることが示されている。この例は、伶楽舎の録音から引用した。
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〈越天楽〉第1フレーズ、ケクションA(第9-12小節) 管楽器、打楽器のみ |
例 1 |