歌もの

宮廷で行われている歌のジャンルには三つのタイプがある。

催馬楽:伴奏つきの宮廷歌謡。民謡から発した。歌詞は短く、土臭い匂いを持っており、しばしば日々の暮らしのシーンを描写する。

朗詠:伴奏付き、もしくは伴奏無しの歌謡。朗詠は、しばしば「優雅な歌」と説明されるにも関わらず、歌というよりは朗唱である。歌詞はふつう漢詩の七文字(七言)の行、2行から成り、日本語と中国語の組み合わせで発音される。

神楽歌:しばしば「神の歌」と定義される。神楽歌は「御神楽」と結びついた神聖な歌のレパートリーである(御神楽とは神道儀式と結びついた宮廷の舞)。26の歌曲でできており、〈庭燎〉〈阿知女〉〈韓神〉〈早韓神〉〈薦枕〉〈篠波〉〈千歳〉〈早歌〉〈星〉〈朝倉〉〈其駒〉などが含まれる

以上のいずれも、旋律は旋律型の連続で成り立っており、それぞれの旋律型は、独自の特徴を持っている。

朗詠と神楽歌に使用される旋律型

ツキ

持続する音があり、隣接する上の音にすばやく上がり、もとの音高にもどる。このパタンは、一つのフレーズの中では繰り返されない。

例 1 - ツキ

オシ

長い音があり、隣接する上の音にすばやく下がったあと、もとの音に戻る。このパタンは、一つのフレーズの中では繰り返されない。

例 2 - オシ

無名のパタン

石川高氏によると、このパタンは装飾として現れるので、特定の名称を持たないという。その形は、持続する音があり、一音だけ下がり、すぐに四度上に飛び上がり、さらに二度上がる、というものである。

例 3 - 無名のパタン

マワスフシ

持続する音があり、すばやい三度下降が二度あり、四度飛び上がる。終わりの音は最初の音よりも低い。

例 4 - マワスフシ

オリフシ

持続する音があり、少し加速しながら三度下降を二度する。さらにメリスマ的な動きにつながり、初めの音より四度低い音高で終る。

例 5 - オリフシ

ユリ

持続する音があり、隣接する低い音に三回揺れ下がる。この動きははじめはゆっくりで次第に加速する。

例 6 - ユリ

ユリナガシ

持続する音があり、隣接する低い音に四回揺れ下がる。はじめはゆっくりで次第に加速し、またゆっくりする。このパタンは、楽曲の終わりにのみ使用される。

例 7 - ユリナガシ

クリコエ

持続する音があり、短六度上までなだらかに登る。しばらくとどまった後、四度なだらかに下がる。

例 8 - クリコエ

催馬楽の旋律型

オス

持続する音があり、隣接する高い音に瞬間的に下がって上がる。

例 9 - オス

容由

ユリと似ている。三回ではなく二回揺らす。

例 10 - 容由

入節

ユリと同じ。

例 11 - 入節

〈千歳〉の冒頭に用いられる旋律型の簡単な分析

千歳〉は神楽歌の一つで、9つのフレーズから成る。伝統的に神楽笛、篳篥、和琴、笏拍子で伴奏されるが、この分析では旋律だけに焦点を当てる。

雅楽の歌ものの旋律構造は、典型的に組み立て式である。旋律線は、さまざまな旋律型の連続で成り立っている。〈千歳〉の最初のフレーズの五線譜が例12で、それを示している。

例 12 - 〈千歳〉の最初のフレーズのモジューラ構造